2013年8月に読んだ本の一言感想とリンク、印象的な一節の記録。12冊。
・『輝く断片』(シオドア・スタージョン 著)
・『シップブレイカー』(パオロ・バチガルピ 著)
・『4%の宇宙 宇宙の96%を支配する“見えない物質”と“見えないエネルギー”の正体に迫る』(リチャード・パネク
著)
・『ガリレオの生涯』(ベルトルト・ブレヒト 著)
・『ゲイルズバーグの春を愛す』(ジャック・フィニイ 著)
・『R62号の発明・鉛の卵』(安部公房 著)
・『重力の再発見 アインシュタインの相対論を超えて』(ジョン・W・モファット 著)
・『10.8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』(鷲田康 著)
・『マネー・ボール 完全版』(マイケル・ルイス 著)
・『戦闘妖精・雪風〈改〉』(神林長平 著)
・『古事記』(倉野憲司 校注)
・『宇宙のあいさつ』(星新一 著)
1.
『輝く断片』(シオドア・スタージョン
著)を読了。後半5篇が、異常な雰囲気が漂う犯罪小説。強迫症めいた狂気の描写がすごい。特に「ルウェリンの犯罪」に感嘆。「ニュースの時間です」と表題作のラストにも息を飲んだ。
“「だからそれ以上傷つく前に――人類の行いすべてが自分の責任になってしまう前に、人類の一員でなくなる必要があった。だから僕はそうした。そしていままた、人類の一員に戻った」マクライルはやにわに戸口のほうへ歩き出した。「それについては、先生に礼を言うよ。ありがとう」
これからどうするつもりなのかと、精神科医はその背中に問いかけた。
「どうする?」マクライルは快活に聞き返した。「もちろんじゃないか、出ていって、人類を傷つけ返してやるのさ」”
――「ニュースの時間です」 p.231
2.
『シップブレイカー』(パオロ・バチガルピ
著)を読了。地球温暖化&石油枯渇した世界のボーイミーツガール。前作『ねじまき少女』同様、高湿度な世界の描写が印象的。
“水没した大都市ニューオーリンズは、最初から全景を見ることはできず、すこしずつその姿を現した。ベンガルボダイジュや糸杉に突き破られてひしゃげたボロ家。水たまりに浸かったコンクリートやレンガ造りの建物の崩れかけた角。見あげるような高い樹木が、クズのツルが繁茂する沼に飲みこまれて廃屋となった古いビル群に影を落としていた。
(…)
死の町の、苔むした廃屋の上を、列車は猛スピードで進む。楽観主義でできていた世界はそっくり水に飲みこまれ、気候変動が粘り強く仕事をしたおかげで崩壊してしまった。ネイラーは、朽ち果てかけたビル群に住んでいた人びとはどうなったんだろうと考えた。彼らはどこへ行ってしまったのか。”
p.262-263
3.
『4%の宇宙 宇宙の96%を支配する“見えない物質”と“見えないエネルギー”の正体に迫る』(リチャード・パネク
著)を読了。ダークマター&エナジーの発見物語。研究チーム間のバトルが生々しくて、読みやすくて面白い。
“誰もが固唾をのんで写真に見入った。確かに1000億個の星々がある。いつ見てもアンドロメダ銀河は威風堂々としている。半世紀以上にわたって天文学者を魅了してきた美しい銀河だ。バルジがあり、渦巻きのある円盤がある。しかし、そのとき彼らが見つめていたのは、アンドロメダ銀河の外側だ。観測された水素ガスだけでは説明できないほど、得体の知れない質量を担うものがある。彼らは、アンドロメダ銀河の写真から目を離すことができずにいた。
なにもないと思っていたところに、なにかがある。”
p.68
4.
『ガリレオの生涯』(ベルトルト・ブレヒト
著)を読了。戯曲。科学が進むのを良しとしない考えは、当時にも現在にも存在して、その根底には同じものがあるのかなぁという気がした。
“ガリレオ 認識の禁断の林檎だ! 彼はもうそれを食べてしまった。永遠の呪いを受けたとて、食べずにはいられない、不幸な食欲。ときおり考えるんだ、光が何であるかが分かるなら、光の差し込まない深い地下の牢獄に閉じ込められたっていいと。最悪なのは、知っていることを人に伝えずにはいられない私の性格だ。恋する人、酔っ払い、あるいは裏切り者のように。これこそがまさに悪徳で、災の元なのだ。あとどのくらい、ストーブにむかって叫ぶだけで満足していられるか――それが問題だな。”
p.149-150
5.
『ゲイルズバーグの春を愛す』(ジャック・フィニイ 著)を読了。現在からの逃避願望、過去への郷愁感にあふれた短篇集。独房の壁に扉の絵を描く死刑囚の話「独房ファンタジア」が一番好きかな。
“こうしてドアはペレスが死ぬことになっている前日の正午に、完成した。そして昼食のあと典獄はもう一度それを見にきた。そこにはまさしく、いびつに切られて歪んだ木の板の古いドアがあった。眼はそれが木であることを認めた。まったき実在感をもって、それは眼の前の独房の壁面に立っていた。”
――「独房ファンタジア」 p.176
6.
『R62号の発明・鉛の卵』(安部公房 著)を読了。作者30歳前後の頃の短篇集。表題作×2もいいけど、「盲腸」の吐気感もすごい。「人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち」には、なんというか頷いてしまった。
“ある新学説の試験台として、Kが自分の盲腸のあとに羊の盲腸を移植する手術をうけてから、ちょうど三カ月目のことだ。まる一日かけた精密な検査のあと、いよいよ藁だけの食事をとることになった。藁といっても、むろん生のままではなく、高圧蒸気で処理したものを同じ分量の生の藁にまぜ、やく十日間醗酵させたものに、二、三のヴィタミンを添加した特別の藁である。いくぶん色が黒っぽく、ねばり気があって、十センチほどの長さにきちんと切りそろえてあるので、ちょうどつくしの干物みたいな感じだった。しかし、注意してみれば藁であることがすぐ分ったし、その独特のにおいはまぎれもない腐った藁のにおいである。”
――「盲腸」 p.148
7.
『重力の再発見 アインシュタインの相対論を超えて』(ジョン・W・モファット 著)を読了。ダークマターは実は存在しなくて、修正重力理論を使えば説明できるという話。説得力があって今後の検証が楽しみになる。
“現状をはっきりと言わせてもらおう。銀河内の恒星の異常に速い回転速度や、銀河団の安定性を示す膨大な観測データを説明する道は、たった二つ。ダークマターが存在し、それがいずれ発見され、ニュートンやアインシュタインの重力理論が無傷のまま残るか、それとも、ダークマターは存在せず、新たな重力理論を見つけるしかなくなるかだ。
いまわれわれは、パラダイムシフトの瀬戸際に立っているのかもしれない。ダークマターの存在を誰もが受け入れることで、かえって物事が転がりはじめるだろう。そしていつの日か、ダークマター仮説は、裸の王様の新しい服のように恥ずかしいものと見なされるようになるだろう。”
p.13-14
8.
『10.8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』(鷲田康 著)を読了。1994年の話。リアルタイムで応援していた記憶があるのは1996年からなので読んでみた。関係者では山本昌だけが唯一の現役で、色々と隔世の感。
“立浪は球場に戻る車の中で、中日の敗北を知ったという。
「僕は高校からプロに入って、一番ビックリしたのが『何でこんなに負けるんやろ?』ってことだったんですよ。僕は高校3年生の時に甲子園を春夏連覇して、1年間で2回しか負けんかった。夏の大会の前の練習試合と国体だけです、負けたのは。それがプロに入って最初のオープン戦でものすごい負けて、まずそれについていけなかったんです。でも、それからプロの世界でずっとプレーをしてきて、だんだん負けることが普通になっていたんです。でも、この負けだけは、ちょっとそういう負けとは違いました。高校時代に経験したのと同じような特別な負けだったと思います」”
p.259
9.
『マネー・ボール 完全版』(マイケル・ルイス 著)を読了。評判通り面白かった。セイバーメトリクスに基づいた科学的球団運営。出塁率重視な考えは、個人的な感覚とも合う。ただし短期決戦のプレーオフは偶然の作用が大きくなると。
“アスレチックスの成功の原点は、野球の諸要素をあらためて見直そうという姿勢にある。経営の方針、プレーのやりかた、選手の評価基準、それぞれの根拠……。アスレチックスのゼネラルマネージャーを任されたビリー・ビーンは、ヤンキースのように大金をばらまくことはできないと最初から分かっていたので、非効率な部分を洗い出すことに専念した。新しい野球観を模索したと言ってもいい。体系的な科学分析を通じて、足の速さの市場価値を見きわめたり、中級のメジャー選手と上級の3A選手は何が本質的に違うのかどうかを検証したりした。そういう研究成果にもとづいて、安くて優秀な人材を発掘していった。
アスレチックスがドラフトやトレードで獲得した選手の大半は、古い野球観のせいで過小評価されていたプレーヤーだ。アスレチックスのフロントは、不遇な選手を偏見から解き放って、真の実力を示す機会を与えたことになる。おおげさだと思うかもしれないが、メジャー球団とは、人間社会における理性の可能性――と限界――を如実に表す縮図のようなものだ。科学的なアプローチをまのあたりにしたとき、非科学的な人々がどう反応するか――あるいは、どう反応しないか――が、野球というスポーツによってよくわかる。”
p.9-10
10.
『戦闘妖精・雪風〈改〉』(神林長平 著)を読了。正体不明の異星生物と戦う軍隊の話、なのだけど、むしろ本題は対異星生物ではなくて、機械と人間の関係性。
“戦いには人間が必要だ。
「しかしなぜだろうな」
零はつぶやいた。あまりにもあたりまえすぎて考えたこともない。なぜ人間が戦っているのか。機械に任せておけばよいものを。”
p.85
11.
『古事記』(倉野憲司 校注)を読了。後半は淡々としているけど、前半はファンタジー小説だと思って読むと面白い。
12.
『宇宙のあいさつ』(星新一 著)を読了。1961-62年頃のショートショート35編。「初雪」のラストの切れ味が抜群。あとは「悪人と善良な市民」「不景気」「治療」「景品」あたりが好きかな。
“屋根の雪ははやくもとけはじめ、しずくとなってたれていた。
「とけないでくれ、とけないでくれ……」
男は祈るような声でつぶやいた。だが、それは不可能なことだった。暖かくなってゆく日ざしは、目の前にひろがる白さを、容赦なく消し始めていた。
彼はあらわれた大地から目をそらし、雪の残っている白い部分だけに視線を集中した。しかし、残りはしだいに少なくなり、昼ちかくなると、白さはどこからも消えてしまった。
そして、大地。”
――「初雪」 p.306-307