2011年にHくんやIさんが開催したN2O勉強会で「昔のN2O」というお題でレビュー発表したことがあって、その時に紹介した論文(+α)を見返してみたので、メモしておきます。自分自身ではN2O(亜酸化窒素、一酸化二窒素)の研究はしていないけど、以前から気にしているテーマの一つ。
前半は、アイスコアを使った第四紀の大気N2O濃度復元と、その変動のタイミング・要因の謎について。N2Oの温室効果が重要というよりは、グローバルな窒素循環の変動の指標としてのN2Oの重要性。古気候古海洋学界隈でも知らない人も多い話題だけど、特に1000年スケール気候変動のメカニズムを考える上ではかなり重要だと個人的には考えて注目しています。氷中の微生物によるN2O記録の変質の問題(5、7番)はありますが、少なくとも3番などで議論している変動のタイミングの話は、様々なアイスコアの様々な時代で見られるシグナルなので、リアルなものだろうと思っています。
後半は、もっと昔(始新世、白亜紀、原生代)にN2Oの温室効果が果たしたかもしれない役割について。こういう研究には、環境の変動に対してN2O放出フラックスがどう応答するかのモデリングを、今後改良していくことが重要なんでしょう。
それぞれ年代順です。
<昔のN2Oの濃度変動の復元と変動要因>
Flückiger, J., Dällenbach, A., Blunier, T.,
Stauffer, B., Stocker, T.F., Raynaud, D., Barnola, J.-M., 1999.
Science
285, 227–230.
→過去1000年間や最終退氷期、最終氷期における大気N2O濃度を、アイスコアから復元。
Sowers, T., Alley, R.B., Jubenville, J.,
2003.
Science
301, 945–948.
→過去10万6千年間の大気N2O濃度と、過去3万年間の大気N2Oの同位体組成を、アイスコアから復元。同位体組成を見ると、最終氷期最盛期(約2万年前)から完新世(最近約1万年間)にかけては、陸からも海からも同じくらい(約+40%)、N2O放出が増えていたらしい。
Flückiger, J., Blunier, T., Stauffer, B.,
Chappellaz, J., Spahni, R., Kawamura, K., Schwander, J., Stocker, T.F.,
Dahl-Jensen, D., 2004.
Global
Biogeochemical Cycles 18, 1–14.
→Dansgaard-Oeschger
(D-O) events(約10-2万年前の最終氷期に約1000-2000年の間隔で繰り返し発生した急激な気候変動)の時に、大気N2O濃度の上昇が、大気メタン濃度やグリーンランド気温の上昇よりも数百年早く起きていることを指摘。つまり、大気N2O濃度上昇を引き起こした地域・メカニズムを特定すれば、D-O eventsのメカニズム解明につながるとして注目を集めた。
Spahni, R., Chappellaz, J., Stocker, T.F.,
Loulergue, L., Hausammann, G., Kawamura, K., Flückiger, J., Schwander, J.,
Raynaud, D., Masson-Delmotte, V., Jouzel, J., 2005.
Science
310, 1317–1321.
→過去65万年間の大気N2O濃度(&メタン濃度)をアイスコアから復元。しかしメタンに比べて、N2Oの復元はかなり断片的になってしまっている。
Miteva, V., Sowers, T., Brenchley, J.,
2007.
Geomicrobiology
Journal 24, 451–459.
→アイスコアによる大気N2O濃度復元では、時代によっては異常に高い濃度を示す「artifact」がよく見られるが、これは氷中のアンモニア酸化バクテリアの代謝によって、アイスコア中N2O濃度が上昇してしまっているためらしい。
Schmittner, A., Galbraith, E.D., 2008.
Nature
456, 373–376.
→3番で指摘された大気N2O濃度の変動の時間差は、海洋循環の変動を考えるだけで説明できる? 大気海洋GCMによる研究。大西洋子午面循環の停滞が、海洋の硝酸や酸素の分布に数百年スケールで影響して、N2O生成に影響?
Rohde, R.A., Price, P.B., Bay, R.C.,
Bramall, N.E., 2008.
Proceedings
of the National Academy of Sciences of the United States of America 105,
8667–8672.
→微生物細胞の指標としてトリプトファンの蛍光を使って、アイスコア中の微生物細胞とN2O濃度を対応付け。微生物細胞が多いところでN2O濃度のスパイクが生じているらしい。
Schilt, A., Baumgartner, M., Schwander, J.,
Buiron, D., Capron, E., Chappellaz, J., Loulergue, L., Schüpbach, S., Spahni,
R., Fischer, H., 2010.
Earth
and Planetary Science Letters 300, 33–43.
→過去14万年間全体をカバーする大気N2O濃度の高時間解像度復元。3番で指摘された時間差も、さらに他のD-O
eventsでも考察している。
Schilt, A., Baumgartner, M., Blunier, T.,
Schwander, J., Spahni, R., Fischer, H., Stocker, T.F., 2010.
Quaternary
Science Reviews 29, 182–192.
→最近80万年間の大気N2O濃度復元の最新版。でもまだ連続的ではなく、記録は断続的。特に寒冷期はダスト飛来量が多く、N2O濃度の変質の問題が大きい。
Schilt, A., Baumgartner, M., Eicher, O.,
Chappellaz, J., Schwander, J., Fischer, H., Stocker, T.F., 2013.
Geophysical
Research Letters. DOI: 10.1002/grl.50380
→最終氷期のN2O濃度記録の最新版。時間解像度を高めて、気候変動との関連を論じている。D-O eventsに伴うN2O濃度の変動は、Heinrich eventsの有無で異なるらしい。
<昔のN2Oの温室効果>
Buick, R., 2007.
Geobiology
5, 97–100.
→原生代(25-5億年前)に硫化物リッチな海洋(いわゆる”Canfield Ocean”)が広がっていたとすると、硫化銅が沈殿して海水中銅濃度が減少して、N2O還元酵素が制限されて、脱窒の際にN2まで還元されずにN2O放出フラックスが増加して、その温室効果が重要だったのではないかという仮説。アイディアとして面白い。ただし最近では、「原生代は二価鉄リッチな海洋が主で、硫化物リッチな海域は限られていた」という描像が主流になってきたので、話はまた変わるのかもしれない。
Beerling, D.J., Fox, A., Stevenson, D.S.,
Valdes, P.J., 2011.
Proceedings
of the National Academy of Sciences of the United States of America 108, 9770.
→温室地球だった5500万年前(始新世前期)と9000万年前(白亜紀後期)において、CO2以外の温室効果ガス(メタン、N2O、対流圏オゾン)が気候に与えた影響を、3次元地球システムモデルで計算。3種類のガスを合わせると、全球では2℃以上、高緯度では6℃以上の温度上昇をもたらしていた可能性がある。N2Oの寄与はそのうち2-3割ぐらい。
Roberson,
A., Roadt, J., Halevy, I., Kasting, J., 2011.
Geobiology
9, 313–320.
→11番のアイディアを、1次元大気化学モデルを使って定量的に考察。大気酸素濃度が比較的高ければ(>0.1 PAL)、原生代には大気N2O濃度は現在の15-20倍にも達しえたらしい。メタンの温室効果も合わせると、10℃もの温暖化をもたらしていたかも?