2013年8月8日木曜日

学術書の覚書 [Microbial Ecology of the Oceans, 2nd Edition] (Chapter 1-5)


Microbial Ecology of the Oceans, 2nd Edition

David L. Kirchman (Editor)
Wiley-Liss, 620 pp. (2008)


海洋微生物生態学の教科書。微生物学の知識を元々あまり持っていなかったので、この本から得た知識は、自分の中ではかなり重要でした。海洋の微生物や生物地球化学を扱う人には、非常にオススメです。M2の時に買って、こつこつ読み進めて、D3になってようやく読み終えました。各章のメモをまとめておきます。今回はとりあえず1-5章。(後の章もそのうち)

以前にこのBlogにも紹介を載せた『Ocean Biogeochemical Dynamics』(Sarmiento and Gruber, 2006)では、生物学的な話はかなりさらっと扱われていたので、本書と合わせて読むことで、海洋物質循環の物理/化学/生物の各側面について、バランスよく知識を得られたかなと思います。


また、本書の随所に「1st Editionも面白いから合わせて読むように」と書いてあったので、1st Editionも買いました。確かに、内容がかぶってない部分も多いので、こちらもぼちぼち読んでいこうと思います。(でもそのうち3rd Editionが出たりするんでしょうか…)



1 INTRODUCTION AND OVERVIEW (David L. Kirchman)
・各章のエッセンスとつながりを示す導入部。おおよそ100マイクロメートルより小さい“生物”(ウイルスも含む)を微生物として扱うと定義して、機能に基づく分類(一次生産、従属栄養、窒素固定etc)で説明している。

2 UNDERSTANDING ROLES OF MICROBES IN MARINE PELAGIC FOOD WEBS: A BRIEF HISTORY (Evelyn Sherr and Barry Sherr)
・海洋微生物生態学の科学史。1950年以前→1950-1975年→1970-80年代→1990年から現在という4段階に分けて、特に海洋食物網における従属栄養微生物の役割について、その描像の変化を説明している。
・1950年以前に既にWaksman (1934) やZoBell (1946) らによって、海洋生物地球化学循環における微生物の重要性は予見されていたけれど、手法の制約のせいで仮説の検証にまでは至らなかった。
・その後、Pomeroy (1974, BioScience) によって当時までの知見がまとめられ、海洋物質循環の大部分は、藻類→動物という生食連鎖ではなく、微生物が担っていることが示された。
・1970年代後半から1980年代前半にかけて、蛍光顕微鏡による菌数カウントや放射性同位体トレーサー取込速度の定量法などの新技術が発達し、Azam et al. (1983, MEPS) らによる「微生物ループ」という新パラダイムの提唱に至る。
・そして1990年代に入り、Giovannoni et al. (1990, Nature) に始まる、16S rRNA遺伝子などを用いた分子生物学的研究が、海洋微生物学の主流になっていく。

3 BACTERIAL AND ARCHAEAL COMMUNITY STRUCTURE AND ITS PATTERNS (Jed A. Fuhrman and Ake Hagstrom)
・海洋のバクテリアとアーキアの群集組成について。まず単離培養されたものから未培養のものまで代表的な“種”について記述した後、多様性の指標、群集構造の制御要因、群集組成の時空間変動の知見を紹介している。
・伝統的に単離培養されてきたバクテリアとしては、Roseobacter、VibrioなどのGammaproteobacteria、Bacteroidetes、Cyanobacteriaを挙げ、最近培養に成功したバクテリアとしては、SAR11(Pelagibacter ubique)を紹介。未培養バクテリアとしては、SAR86、SAR92、Actinobacteria、SAR116、SAR202、Marine Group A、Marine Group B、Betaproteobacteriaを紹介している。アーキアの項目ではCrenarchaeota(2008年以降の分類法では主にThaumarchaeota)の説明がメイン。
・微生物の“種”の定義としては、問題はいくつか挙げながらも、16S rRNA遺伝子の相同性(97%以下なら別種)に基づく分類を使って、とりあえず話を進めている。生物多様性の要素としては豊富度(richness)と均等度(evenness)の二つがある。
・群集構造の制御要因としては、栄養などのボトムアップな制御、捕食・ウイルス感染などのトップダウンな制御、微生物相互作用などの横道制御がある。
・群集組成の時間的変動では、特に季節変動が様々な手法で検出されている。空間的変動としては、マイクロメートルスケール、全球スケール、渦スケールで不均質性がみられる。低緯度ほど種の豊富度が高い? 深海も意外と不均質で、(おそらく沈降有機物に対応して)パッチ状に分布しているらしい。

4 GENOMICS AND METAGENOMICS OF MARINE PROKARYOTES (Mary Ann Moran)
・海洋原核生物のゲノミクスとメタゲノミクスについて。まず(メタ)ゲノミクスの手法の基礎について説明した後、海洋微生物学における応用例を紹介して、将来展望を議論している。
・(メタ)ゲノミクスの研究は、DNA断片の塩基配列決定→断片からゲノム再構築→遺伝子をコードする領域の探索→オペロンの同定→遺伝子機能のアノテーションという流れになる。海洋メタゲノミクスでは、塩基配列決定の際に様々な断片サイズが用いられてきた(BACベクター、フォスミドベクター、ショットガンシークエンシング、パイロシークエンシングなど)。
・海洋微生物学における(メタ)ゲノミクスの重要性としてはまず、遺伝子配列から環境中の新たなプロセスを発見する「逆・生物地球化学」(reverse biogeochemistry)がある(この言葉自体は全然普及していないようだけど…)。プロテオロドプシンを用いた光従属栄養代謝、アーキアによるアンモニア酸化などの発見が有名。
・もう一つの重要性は、海洋中の既知のプロセスや相互作用について、代謝反応レベルまで詳細な情報が得られること。筆者は「環境還元主義」(environmental reductionism)と呼んでいる。
・最近はデータが増えてきたので、比較ゲノミクスや比較メタゲノミクスの研究が盛んになってきた。特に物質循環に重要な遺伝子の分布がよく調べられてきた。執筆時点でゲノムが読まれている海洋原核生物について、様々な機能遺伝子の有無を表として掲載している。
・将来の展望としては、塩基配列決定の高速化はもちろん、シングルセルゲノミクスやメタプロテオミクス、メタトランスクリプトーミクス、環境マイクロアレイの発展が期待される。

5 PHOTOHETEROTROPHIC MARINE PROKARYOTES (Oded Beja and Marcelino T. Suzuki)
・光従属栄養な海洋原核生物について。通性光従属栄養なシアノバクテリア、好気的非酸素発生型光合成(AAnP)バクテリア、プロテオロドプシンの三つを紹介。
・シアノバクテリアは一般的には光独立栄養生物として認識されているけど、SynechococcusもProchlorococcusも、有機物を取り込んで細胞の生産に利用できることが分かっている。尿素、DMSP、核酸、アミノ酸など。14C-ロイシン取込などを用いた従属栄養活性の推定は、解釈に注意が必要かもしれない。有機物を介したシアノバクテリア-従属栄養生物間の相互作用も重要かもしれない。
・AAnPバクテリアは、その名の通り、酸素に富む環境に棲んでいるけれど、酸素を発生させない光合成を行う。独立栄養的な生活はできない模様なので、光従属栄養。1970年代からその存在は指摘されていたけど、2000年になって遠洋域で再発見されて、注目を集めるようになった。有光層の全菌数の10%近くを占めるとも言われるけれど、バイオマスや物質循環における重要性については、まだ議論が続いている。Roseobacterなどが有名だけど、様々な系統のバクテリアがAAnPをできるらしい。
・プロテオロドプシンは、光駆動のプロトンポンプ。プロテオロドプシンによって作られたプロトン濃度勾配は、ATP合成、つまりエネルギー産生に利用できる。炭素固定は伴わないので、光従属栄養となる。好塩性アーキアが類似の機構(バクテリオロドプシン)を使うことは、昔から知られていた。プロテオロドプシン遺伝子を持つ原核生物が海洋中に大量にいることは、これも2000年に海洋メタゲノム解析から発見された。SAR86やSAR11などのバクテリアが持っているらしい。バイオマスや物質循環、エネルギーフラックスに対する寄与については、まだ議論が続いている。