2012年8月25日土曜日

集めた論文の覚書 [顕生代の硫黄循環2] Literature Review [Sulfur cycle during the Phanerozoic] #2


顕生代の硫黄循環の見直しを提唱したWortmann and Paytan (2012, Science) Halevy et al. (2012, Science) を読んで集めた論文たち、その2。その1では大気酸素濃度との関連に着目したが、今回は海洋化学組成(特に硫酸塩濃度)に着目して、海洋硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)、酸素同位体組成(d18O)の復元研究がメイン。やはり有機炭素埋没との関連を議論した論文が多い。論文はもっともっとあるはずだけど、キリがないのでとりあえず目についたもののみ。

Claypool, G. E., Holser, W. T., Kaplan, I. R., Sakai, H., & Zak, I. (1980)
Chemical Geology, 28, 199–260. doi:10.1016/0009-2541(80)90047-9
→蒸発岩から復元した、過去約9億年分の海洋硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)、酸素同位体組成(d18O)の経年曲線。1000件近く引用されていて、教科書等にもよく図が載っている。

Strauss, H. (1997)
Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 132(1-4), 97–118. doi:10.1016/S0031-0182(97)00067-9
→顕生代と後期原生代の堆積物d34Sの変動についてレビュー。Claypool-curveも更新されている。

Adina Paytan, Miriam Kastner, Douglas Campbell, Mark H. Thiemens (1998)
Science, 282(5393), 1459–1462. doi:10.1126/science.282.5393.1459
→バライト(重晶石)を用いて新生代の海洋硫酸塩d34S変動を100万年解像度で復元。溶存無機炭素d13Cの記録とは似ていないので、炭素循環と硫黄循環は同調していなかった?

Ohkouchi, N., Kawamura, K., Kajiwara, Y., Wada, E., Okada, M., Kanamatsu, T., & Taira, A. (1999)
Geology, 27(6), 535–538. doi:10.1130/0091-7613(1999)027<0535:siralb>2.3.CO;2
OAE-293.5Ma)の炭酸塩岩中硫酸塩のd34S

Lowenstein, T. K., Timofeeff, M. N., Brennan, S. T., Hardie, L. a, & Demicco, R. V. (2001)
Science, 294(5544), 1086–8. doi:10.1126/science.1064280
→蒸発岩ハライト中の流体包有物から、顕生代における海水組成変動を復元。主にMg/Ca比とカルサイト-アラゴナイトの変動について。

Horita, J., Zimmermann, H., & Holland, H. D. (2002)
Geochimica et Cosmochimica Acta, 66(21), 3733–3756. doi:10.1016/S0016-7037(01)00884-5
→蒸発岩ハライト中の流体包有物から、顕生代における海水組成変動を復元。硫酸塩濃度は、5-10mMから28mMぐらいの間で変動していて、Mg2+と同期?

Lowenstein, T. K., Hardie, L. a., Timofeeff, M. N., & Demicco, R. V. (2003)
Geology, 31(10), 857. doi:10.1130/G19728R.1
→顕生代の海洋硫酸塩濃度とCa2+濃度は、きれいに逆相関しながら大きく変動?

Kurtz, A. C., Kump, L. R., Arthur, M. A., Zachos, J. C., & Paytan, A. (2003)
Paleoceanography, 18(4), 1090. doi:10.1029/2003PA000908
→シンプルなボックスモデルで、新生代海洋の硫酸塩d34SDIC-d13C変動曲線から、有機炭素埋没量とパイライト埋没量を復元。前記新生代で両者が同調していないという議論。ただしモデル結果は、海水硫酸塩濃度の仮定に大きく依存する。

M.B. Goldhaber (2003)
Treatise on Geochemistry, 7, 257–288
→堆積物の硫黄の地球化学についてレビュー。パイライト形成メカニズムや硫黄同位体組成変動など。

Turchyn, A. V., & Schrag, D. P. (2004)
Science, 303(5666), 2004–7. doi:10.1126/science.1092296
→過去1000万年分のバライトの酸素同位体組成(d18O)。3Maから値が低くなるのは、氷期間氷期サイクルによる海水準変動が、大陸棚でのパイライト風化を促進した結果? 海水硫酸塩濃度も10-20%ほど増加した?

Kampschulte, A, & Strauss, H. (2004)
Chemical Geology, 204(3-4), 255–286. doi:10.1016/j.chemgeo.2003.11.013
→炭酸塩岩中硫酸塩のd34S分析による、顕生代における海水硫酸塩d34Sの復元。

Adina Paytan, Miriam Kastner, Douglas Campbell, Mark H. Thiemens (2004)
Science, 304(5677), 1663–5. doi:10.1126/science.1095258
→バライトを用いて白亜紀の海洋硫酸塩d34S変動を復元。Payton et al. (1998) の続き。やはりd13Cと同調しない期間があって、有機炭素埋没とパイライト埋没の関係を議論している。

Bottrell, S. H., & Newton, R. J. (2006)
Earth-Science Reviews, 75(1-4), 59–83. doi:10.1016/j.earscirev.2005.10.004
→顕生代や原生代の海洋硫酸塩のd34Sd18Oから硫黄循環を復元する研究のレビュー。

Turchyn, A. V., & Schrag, D. P. (2006)
Earth and Planetary Science Letters, 241(3-4), 763–779. doi:10.1016/j.epsl.2005.11.007
→新生代における海洋硫酸塩d18O変動をバライトから復元。3, 15, 30, 55Mad18Oが高いピークを示し、d34Sとは同調していない。高濃度の有機炭素を含む大陸縁辺堆積場の面積が重要?

Hay, W. W., Migdisov, A., Balukhovsky, A. N., Wold, C. N., Flögel, S., & Söding, E. (2006)
Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 240(1-2), 3–46. doi:10.1016/j.palaeo.2006.03.044
→蒸発岩形成量コンパイルから、顕生代における海水塩分濃度変動を復元。変動しながら徐々に減少しているトレンドらしい。高塩分(40‰以上)だと、温度変化に対する海水の密度変化の仕方が違って、熱塩循環の様式が違ったかも。海洋生物にも影響?

Wortmann, U. G., & Chernyavsky, B. M. (2007)
Nature, 446(7136), 654–6. doi:10.1038/nature05693
→前期白亜紀で海洋硫酸塩d34SDIC-d13Cが逆相関を示していて謎だったけど、南大西洋海盆での蒸発岩形成で硫酸塩濃度が減少したと考えると、うまく説明できるらしい。パイライト埋没が減少する一方で、堆積物中での有機物無機化は減少して有機炭素埋没は増加する。堆積物海底下生命圏の重要性。

Gill, B. C., Lyons, T. W., & Saltzman, M. R. (2007)
Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 256(3-4), 156–173. doi:10.1016/j.palaeo.2007.02.030
→古生代における、海洋硫酸塩d34SDIC-d13Cの変動の関係性について。前期古生代では同調して変動していて、中後期では同調しなくなるのは、硫酸塩濃度の増加を反映している?

Canfield, D. E., & Farquhar, J. (2009)
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106(20), 8123–7. doi:10.1073/pnas.0902037106
→前期古生代以降に動物が進化して堆積物を生物擾乱するようになって、硫化物の再酸化が促進されて、海洋硫酸塩濃度が増加したという議論。

Turchyn, A. V., Schrag, D. P., Coccioni, R., & Montanari, A. (2009)
Earth and Planetary Science Letters, 285(1-2), 115–123. doi:10.1016/j.epsl.2009.06.002
→白亜紀における海洋硫酸塩のd34Sd18O変動をバライトとCAS(炭酸塩岩中硫酸塩)から復元。バライトd18Oの大きな変動は、OAEでの海洋酸化還元状態変動に対応?

Adams, D. D., Hurtgen, M. T., & Sageman, B. B. (2010)
Nature Geoscience, 3(3), 201–204. doi:10.1038/ngeo743
OAE-2では、火山噴火→海洋硫酸塩濃度が増加→硫酸還元による堆積物有機物分解が促進→海洋に栄養塩が供給→生物生産増加→貧酸素海洋、という一連のプロセスが起きていた? パイライトとCASd34S比較。そしてこの海域(Western Interior Seaway)の硫酸塩濃度は、OAE-2の前はわずか1.4mM以下だった?

Warren, J. K. (2010)
Earth-Science Reviews, 98(3-4), 217–268. doi:10.1016/j.earscirev.2009.11.004
→地質時代を通しての蒸発岩についてのレビュー。

Cárdenas, A. L., & Harries, P. J. (2010)
Nature Geoscience, 3(6), 430–434. doi:10.1038/ngeo869
→顕生代における海洋生物の新種発生率が、海洋の87Sr/86Srや硫酸塩d34Sの変動と良い相関を示した。87Sr/86Srが大陸風化の指標というのはいいけど、d34Sがリンリサイクルの指標としているのはどうなんだろう??

Wu, N., Farquhar, J., Strauss, H., Kim, S.-T., & Canfield, D. E. (2010)
Geochimica et Cosmochimica Acta, 74(7), 2053–2071. doi:10.1016/j.gca.2009.12.012
→顕生代における、硫酸塩-パイライト間のd34S分別と、D33S(から求めたラムダ)の変動。両者は似た変動を示す。硫化物再酸化の度合いを反映?

Luo, G., Kump, L. R., Wang, Y., Tong, J., Arthur, M. a., Yang, H., Huang, J., et al. (2010)
Earth and Planetary Science Letters, 300(1-2), 101–111. doi:10.1016/j.epsl.2010.09.041
→南中国のP/T境界で、CASによる硫酸塩d34S復元と、炭酸塩によるDIC-d13C復元。両者が同調して、しかも大きなd34S変動があるので、海洋硫酸塩濃度は現在の15%未満とかなり低かった?

Bots, P., Benning, L. G., Rickaby, R. E. M., & Shaw, S. (2011)
Geology, 39(4), 331–334. doi:10.1130/G31619.1
→顕生代の「カルサイトの海」と「アラゴナイトの海」の入れ替わりには、Mg/Ca比だけではなく硫酸塩濃度の変動も重要だった? 海水組成を変えた炭酸塩無機沈殿実験。

Gill, B. C., Lyons, T. W., & Jenkyns, H. C. (2011)
Earth and Planetary Science Letters, 312(3-4), 484–496. doi:10.1016/j.epsl.2011.10.030
→ジュラ紀Toarcian OAEの海洋硫酸塩d34S変動を3地域でCASで復元。d13Cの正エクスカーションと同調。パイライト埋没の増加を反映? 硫酸塩濃度は4-8mMぐらいだったらしい。

Gill, B. C., Lyons, T. W., Young, S. a, Kump, L. R., Knoll, A. H., & Saltzman, M. R. (2011)
Nature, 469(7328), 80–3. doi:10.1038/nature09700
→後期カンブリア紀(499Ma)の6地域の海洋硫酸塩d34S変動をCASで復元。DIC-d13Cの急激な正エクスカーション(SPICE)と同調した変動。Euxinicな海洋での有機炭素埋没とパイライト埋没の増加を反映?

Ratti, S., Knoll, A H., & Giordano, M. (2011)
Geobiology, 9(4), 301–12. doi:10.1111/j.1472-4669.2011.00284.x
→中生代に渦鞭毛藻、円石藻、珪藻が主要な海洋一次生産者になったのには、海洋硫酸塩濃度の変動が効いていたかも? 硫酸塩濃度を振って、様々な藻類を培養実験。


メモ:
多くの論文が、硫酸塩d34Sをパイライト埋没の指標として考えて、ボックスモデル計算などをしている。炭酸塩から復元した海洋溶存無機炭素の炭素同位体組成(DIC -d13C)と比較し、同調していたか否かから、海洋硫黄循環と有機炭素埋没との関連を議論する論文が多い。

最近10年間で、顕生代において海洋硫酸塩濃度は大きく変動してきたという認識が広がってきている模様。多くの時代で、現在(28mM)よりも低い濃度だったようだ。海水Mg/Ca比などとの関連も興味深い。

最近は、高時間解像度での復元が可能特にCAS(炭酸塩岩中硫酸塩)の同位体組成分析が流行っているようだ。

2012年8月20日月曜日

集めた論文の覚書 [顕生代の硫黄循環1] Literature Review [Sulfur cycle during the Phanerozoic] #1


顕生代の硫黄循環の見直しを提唱したWortmann and Paytan (2012, Science) Halevy et al. (2012, Science) を読んで、これは重要そうだと感じたので、背景知識獲得のためにいくつか論文を集めてみた。まずは顕生代における硫黄循環と大気酸素(O2)濃度との関係について、特に炭素&硫黄同位体マスバランスを用いたモデリングを中心に。モデルは色々あるようだけど、よく引用されているBernerのモデル(GEOCARBSULFなど)の系列を主に追った。

Berner, R. A.
American Journal of Science, 268(1), 1–23. (1970) doi:10.2475/ajs.268.1.1
→堆積物中パイライト形成のメカニズムと制限因子について。1000件近く引用されている。

Garrels, R M, & Lerman, A.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 78(8), 4652–6. (1981)
→炭素と硫黄に関するボックスモデルを構築し、顕生代の海水硫酸硫黄同位体組成(d34S)曲線から、各リザーバー間のフラックスの変動を復元。海水の炭素量、硫黄量はそれぞれ顕生代で一定という仮定。

Berner, R. A., & Raiswell, R.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 47(5), 855–862. (1983) doi:10.1016/0016-7037(83)90151-5
→上記Garrels and Lerman (1981) モデルの計算から得られた、顕生代の有機炭素埋没とパイライト埋没の比率(C/S比)の変動について考察。主要な有機炭素埋没の場所が淡水環境やeuxinicな環境に変わることで、パイライト埋没量が変わり、C/S比が変化する?

Berner, R. A.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 48(4), 605–615. (1984) doi:10.1016/0016-7037(84)90089-9
→上記Berner (1970) をアップデート。堆積物中パイライト形成の、環境ごとの制限因子や、顕生代における変動についてレビュー。これも1000件近く引用されている。

Garrels, R. M., & Lerman, A.
American Journal of Science, 284(9), 989–1007. (1984) doi:10.2475/ajs.284.9.989
→上記Garrels and Lerman (1981) モデルの改良。

Berner, R. A.
American Journal of Science, 287(3), 177–196. (1987) doi:10.2475/ajs.287.3.177
→上記Garrels and Lerman (1984) モデルをさらに改良。堆積物の各リザーバーを、若い(再利用が速い)サブリサーバーと、古いサブリザーバーとに分割。

Berner, R. A.
Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 75(1-2), 97–122. (1989) doi:10.1016/0031-0182(89)90186-7
→現世の海洋堆積物における有機炭素とパイライトの埋没、および顕生代におけるその変動が大気O2濃度変動に与えた影響についてレビュー。

Berner, R. A., & Canfield, D. E.
American Journal of Science, 289(4), 333–361. (1989) doi:10.2475/ajs.289.4.333
→大気O2濃度安定化のための負フィードバックとして、炭素と硫黄の「速い再利用」(埋没した堆積物がすぐに風化される)をモデルに組み込んだ。同位体マスバランスではなく、堆積岩中の炭素&硫黄濃度データを大気O2濃度復元に使用している。

Canfield, D. E., & Teske, A.
Nature, 382(6587), 127–32. (1996) doi:10.1038/382127a0
→この論文は後期原生代に関するものだけど、「O2濃度増加→硫黄酸化リサイクル増加→硫黄同位体分別増加」というプロセスは、後に下記Berner et al. (2000) 以降のモデルに組み込まれ、GEOCARBSULFにも仮定として入っている。

Berner, R. A.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 96(20), 10955–10957. (1999) doi:10.1073/pnas.96.20.10955
→顕生代の炭素循環と硫黄循環と大気O2濃度についてレビュー。

Berner, R. A., Petsch, S., Lake, J., Beerling, D., Popp, B., Lane, R., Laws, E., et al.
Science, 287(5458), 1630–1633. (2000) doi:10.1126/science.287.5458.1630
→炭素・硫黄同位体分別の大気O2濃度に依存した生理学的変動をモデルに組み込んだら、推定された顕生代大気O2濃度変動が安定して、堆積岩中炭素&硫黄濃度による推定と概ね一致するようになった。

Berner, R. A.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 65(5), 685–694. (2001) doi:10.1016/S0016-7037(00)00572-X
→上記Berner et al. (2000) の拡張版。感度実験を色々と行っている。

Berner, R. A., Beerling, D. J., Dudley, R., Robinson, J. M., & Wildman, R. A.
Annual Review of Earth and Planetary Sciences, 31(1), 105–134. (2003) doi:10.1146/annurev.earth.31.100901.141329
→顕生代の大気O2濃度変動についてレビュー。

Bergman, N. M., Lenton, T. M., & Watson, A. J.
American Journal of Science, 304(5), 397–437. (2004) doi:10.2475/ajs.304.5.397
→下記GEOCARBSULFの結果とよく比較される論文。O2-海洋栄養塩フィードバックなモデルやGEOCARBモデル、硫黄循環モデルなどを結合した、共進化生物地球化学モデル。同位体マスバランスはモデリングには使われていない。ちなみに下記Berner (2006) は、このモデルについて「風化速度と大気O2濃度の関係の仮定が妥当でない」「堆積速度と埋没の関係を考慮していない」と批判している。

Berner, R. A.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 69(13), 3211–3217. (2005) doi:10.1016/j.gca.2005.03.021
Berner (2001) モデルを用いて、中期ペルム紀~中期三畳紀(270-240Ma)に絞って、海水のd13Cd34Sデータから、有機炭素埋没、パイライト埋没、大気O2濃度の変動を推定。P/T境界をまたいで、約2000万年間で大気O2濃度が30%13%と大きく減少? (陸源?)有機炭素埋没は大きく減少した一方で、パイライト埋没は増加したらしい?

Falkowski, P. G., Katz, M. E., Milligan, A. J., Fennel, K., Cramer, B. S., Aubry, M. P., Berner, R. a, et al.
Science, 309(5744), 2202–4. (2005) doi:10.1126/science.1116047
Berner (2001) モデルに、ジュラ紀以降のd13Cデータも新たに与えて、過去205Myrの 大気O2濃度変動を推定。大西洋が開いて大陸縁辺部の堆積場が増加した結果、大気O2濃度はこの期間で約2倍に増加して(10%21%)、哺乳類進化に重要だった?

Berner, R.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 70(23), 5653–5664. (2006) doi:10.1016/j.gca.2005.11.032
CO2用のGEOCARB IIIモデル(Berner and Kothavala 2001)とO2用の同位体マスバランスモデル(Berner 2001)を結合して、GEOCARBSULFモデルを構築。顕生代の海洋d34Sd13Cから、大気O2濃度、CO2濃度の変動を復元。よく引用されている。

Berner, R. A.
American Journal of Science, 309(7), 603–606. (2009) doi:10.2475/07.2009.03
Berner (2006) GEOCARBSULFモデルの改良(主に炭素に関して)。この論文以前にもこまごまとした変更は行われている。Bernerのモデルはこれが最新?? 顕生代の大気O2濃度は常に15%を超えている結果になった。

Sim, M. S., Bosak, T., & Ono, S.
Science, 333(6038), 74–7. (2011) doi:10.1126/science.1205103
→硫酸還元だけで66 permil34Sを分別できる硫酸還元菌の発見。硫黄酸化リサイクルがなくても、硫酸-パイライト間の硫黄同位体分別が説明できてしまう。これも主に原生代を標的にした話だけど、GEOCARBSULFでも硫黄同位体分別に関して、Canfield and Teske (1996) の「O2濃度増加→硫黄酸化リサイクル増加→硫黄同位体分別増加」を仮定しているようなので、影響あるかも?


メモ:
大気O2濃度の変動というと、太古代~原生代における増加イベントが注目されることが多いけれど、顕生代(約54千万年前から現在にかけての時代)も同様に興味深い。15-35%ぐらいの間で変動していたと考えられているけれど、逆に言うとそのぐらいの範囲に収まっていて、現在の2倍以上や半分以下にはならなかったようだ。

そしてその顕生代大気O2濃度の変動や安定性を考えるのに最重要なプロセスが、堆積物における有機炭素とパイライト(黄鉄鉱)の埋没。大気を酸化的に保つには、還元的な物質を地下に隔離することが必要不可欠になる。(なので、自分自身が海洋堆積物中有機物の研究をしていることもあり、以前から大気O2濃度変動や海洋硫黄循環にも隣接トピックとして興味を持っていた)

で、古海洋の溶存無機炭素の炭素同位体組成(d13C)、硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)から、同位体マスバランスを用いて有機炭素埋没量とパイライト埋没量を推定して、大気O2濃度を推定しようという研究は昔からあって、GEOCARBSULFなどのモデルの開発につながっていった。

が、先月のScience論文×2によると、顕生代の海水硫酸塩d34S変動の解釈が変わってきて、その結果、パイライト埋没量は従来推定よりもずっと大きかったり、海水硫酸塩濃度が急激に変動していたりという結論が導かれている。大気O2濃度推定にも影響があるはずなので、具体的にどういう影響がありうるのかを、(まだ頭の中が整理できていないので)今度じっくり考えてみよう。


おまけ:顕生代の大気N2
Berner, R. A.
Geology, 34(5), 413. (2006) doi:10.1130/G22470.1
→硫黄は関係ないけど、ついでに見つけた論文。有機炭素のモデリングと、堆積物有機物の平均N/C比を使って、顕生代の大気N2濃度の変動を見積もった。O2と違い、濃度変動は1%未満とのこと。

2012年8月17日金曜日

集めた論文の覚書 [マンガンと窒素循環] Literature Review [Manganese & nitrogen cycle]


先日に土壌中の鉄還元アンモニア酸化N2生成を報告したYang et al. (2012, Nature Geoscience) を読んで、海洋堆積物ではどうなんだろう?と、ふと気になり、鉄の代わりにマンガン酸化還元反応と窒素循環プロセスの関係を論じた論文をいくつか集めてみた(発行年順)。調べていたら次から次へと出てきたので、もっとありそう。

マンガン還元アンモニア酸化がどういうプロセスなのか、そもそも起きているのかどうかは、論文によって意見が分かれていて、結局よく分かっていないようだ…。最初の(?)Luther et al. (1997, GCA) では大陸縁辺海洋堆積物でのN2生成の90%をも占めうるとしているので、本当なら非常に重要なのだけど。最近になって溶存Mn(III)の重要性が明らかになって、また描像が変わってきた模様。そして鉄還元アンモニア酸化が起きるには低いpHが熱力学的に必要らしく、海洋堆積物では起きにくいらしい(鉄の鉱物の種類による?)。

窒素だけでなく有機物の動態に関しても重要そうなので、鉄やマンガンについては、また時間ある時に勉強してみよう。

Luther, G. W., Sundby, B., Lewis, B. L., Brendel, P. J., & Silverberg, N.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 61(19), 4043–4052. (1997) doi:10.1016/S0016-7037(97)00239-1
→大陸縁辺海洋堆積物において、好気条件下でマンガン酸化物がアンモニアや有機窒素を酸化してN2を生成すると提唱。

Aller, R. C., Hall, P. O. J., Rude, P. D., & Aller, J. Y.
Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers, 45(1), 133–165. (1998) doi:10.1016/S0967-0637(97)00049-6
→パナマ海盆の深海堆積物において、底生生物による生物擾乱がマンガン還元アンモニア酸化や硝酸還元マンガン酸化を促進している?

Hulth, S., Aller, R. C., & Gilbert, F.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 63(1), 49–66. (1999) doi:10.1016/S0016-7037(98)00285-3
→アメリカLong Island Soundの堆積物のインキュベーション実験。マンガン還元アンモニア酸化による硝酸生成?

Anschutz, P., Sundby, B., Lefrançois, L., Luther, G. W., & Mucci, A.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 64(16), 2751–2763. (2000) doi:10.1016/S0016-7037(00)00400-2
→海洋堆積物中のマンガン酸化物、鉄酸化物が、窒素とヨウ素の動態に与える影響。深いところの硝酸+亜硝酸の濃度ピークは、マンガン還元アンモニア酸化によるN2生成でうまく説明できる?

Thamdrup, B., & Dalsgaard, T.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 64(24), 4157–4164. (2000) doi:10.1016/S0016-7037(00)00496-8
Skagerrak海峡のマンガン酸化物リッチな堆積物で、15Nアンモニアを添加したが、N2や硝酸はほとんど生成せず。マンガン還元は有機物酸化には重要だが、アンモニア酸化にはほとんど効いていない?

Mortimer, R., Krom, M., Harris, S., Hayes, P., Davies, I., Davison, W., & Zhang, H.
Marine Ecology Progress Series, 236, 31–35. (2002) doi:10.3354/meps236031
→スコットランドフィヨルド堆積物で、鉄還元帯と硫酸還元帯の境界層に硝酸の鋭い濃度ピーク。マンガンによる窒素リサイクルで説明できる??

Mortimer, R., Harris, S., Krom, M., Freitag, T., Prosser, J., Barnes, J., Anschutz, P., et al.
Marine Ecology Progress Series, 276, 37–52. (2004) doi:10.3354/meps276037
→還元的堆積物での硝酸ピークの生成プロセスを特定しようと、アンモニア酸化バクテリアの遺伝子や、15Nトレーサー実験。アンモニア酸化のための電子受容体が何かは結局分からないらしいが、マンガンっぽいとしている。微生物プロセス?

Anschutz, P., Dedieu, K., Desmazes, F., & Chaillou, G.
Chemical Geology, 218(3-4), 265–279. (2005) doi:10.1016/j.chemgeo.2005.01.008
→海洋堆積物中の固相マンガンの化学種(酸化数)分析。Mn(IV)ではなくMn(III) oxyhydroxidesが、マンガン還元アンモニア酸化による硝酸生成に重要らしい。

Tebo, B. M., Johnson, H. a, McCarthy, J. K., & Templeton, A. S.
Trends in microbiology, 13(9), 421–8. (2005) doi:10.1016/j.tim.2005.07.009
→マンガン酸化微生物のレビュー。アモルファスな生物起源マンガン酸化物の構造や化学状態が面白いようだ。

Trouwborst, R. E., Clement, B. G., Tebo, B. M., Glazer, B. T., & Luther, G. W.
Science, 313(5795), 1955–7. (2006) doi:10.1126/science.1132876
→海水や海洋堆積物の酸化還元境界では、溶存Mn(III)がマイクロモーラーのオーダーで存在して、溶存Mnの大部分を占めていることが判明。何か有機リガンドで安定化されているらしい。解説では「マンガンの水圏地球化学のパラダイムを変える」とまで言われている。

Bartlett, R., Mortimer, R. J. G., & Morris, K. M.
Continental Shelf Research, 27(10-11), 1501–1509. (2007) doi:10.1016/j.csr.2007.01.027
→スコットランドLoch Fyneのマンガンリッチな堆積物の間隙水分析とインキュベーション実験。嫌気的な(マンガン還元?)アンモニア酸化が起きているような、起きていないような、微妙な結果。

Bartlett, R., Mortimer, R. J. G., & Morris, K.
Chemical Geology, 250(1-4), 29–39. (2008) doi:10.1016/j.chemgeo.2008.02.001
→イギリスHumber Estuaryの堆積物で、マンガン酸化物を添加したインキュベーション実験。熱で殺菌すると反応が起きないので、微生物によるマンガン還元アンモニア酸化が起きている? マンガン還元アンモニア酸化が起きる度合いは、堆積物がかき混ぜられる頻度・強度に依存するらしい。場所によって起きたり起きなかったりすることが説明可能?

Lam, P., & Kuypers, M. M. M.
Annual Review of Marine Science, 3(1), 317–345. (2011) doi:10.1146/annurev-marine-120709-142814
→海洋酸素極小層の窒素循環プロセスについてのレビュー。最後にマンガンや鉄、ヨウ素の酸化還元との関連についても少し扱っている。

Pearson, L. K., Hendy, C. H., Hamilton, D. P., & Silvester, W. B.
Aquatic Geochemistry, 18(1), 1–19. (2012) doi:10.1007/s10498-011-9143-2
→ニュージーランドNgapouri湖の堆積物-水境界付近のN2ガスの窒素同位体組成が、底層無酸素の時期に高い値を示すことについて、「マンガンor鉄還元アンモニア酸化による硝酸生成→すぐに脱窒でN2生成」という一連のプロセスが理由だと考察している。

2012年8月14日火曜日

特に気になった新着論文 2012年7月


7月は8本。生物ポンプ隔離効率、グローバル海洋脱窒速度見直し、“ヒ素微生物”の否定×2、海洋溶存有機物中の謎の色素シグナル、顕生代硫黄循環の見直し×2、鉄還元アンモニア酸化。日付順です。

DeVries, T., F. Primeau, and C. Deutsch
Geophys. Res. Lett., 39, L13601, doi:10.1029/2012GL051963. published 3 July 2012.
→海洋生物ポンプの効率を示す指標として、有機物エクスポート率はイマイチなので(生物ポンプ効率が低下していてもエクスポート率が上昇する場合もある)、「隔離効率」を提案。有機物無機化で再生産された栄養塩や炭素が、海洋表層に戻る前に深海にどのくらいの期間貯めこまれているかの指標。様々な時間スケールについて全球マッピング。氷期間氷期スケールでの大気CO2濃度変動などを考える際に重要。

Tim DeVries, Curtis Deutsch, François Primeau, Bonnie Chang & Allan Devol
Nature Geoscience 5, 547–550 (2012) doi:10.1038/ngeo1515, Published online 08 July 2012
→海水中の過剰N2濃度データから推定した全球海水中脱窒速度は66±6TgN/yr。海水中脱窒と堆積物中脱窒の割合に、同位体マスバランスからの推定値を採用すると、海洋全体での脱窒速度は230±60TgN/yrになって、海洋窒素収支はバランスに近い状態? でもやはり、海水中脱窒と堆積物中脱窒の割合の不確定性が大きいのがネックなのだなという印象。

Tobias J. Erb, Patrick Kiefer, Bodo Hattendorf, Detlef Günther, Julia A. Vorholt
Science 27 July 2012: Vol. 337 no. 6093 pp. 467-470, DOI: 10.1126/science.1218455, Published Online July 8 2012

Marshall Louis Reaves, Sunita Sinha, Joshua D. Rabinowitz, Leonid Kruglyak, Rosemary J. Redfield
Science 27 July 2012: Vol. 337 no. 6093 pp. 470-473, DOI: 10.1126/science.1219861, Published Online July 8 2012
2本まとめて。2010年に報告されて物議をかもした“ヒ素微生物”(GFAJ-1)について、「ヒ素に耐えているだけで、リンが成長に必要で、ヒ素は核酸には取り込まれていない」という否定論文。元のWolfe-Simon et al. (2010) は、培地にリンが3uMほどコンタミで入ってしまっているのがやはり弱点か。ただちょっと面白いのは、Erb et al.では、ヒ酸が結合した六炭糖を検出していること。この論文では「無生物的に糖がヒ素と結合したもので、中央代謝には関係ない」と結論している(まあそうかなという気もする)けど、もしかしたらもう一展開あるかも?

Röttgers, R. and Koch, B. P.
Biogeosciences, 9, 2585-2596, doi:10.5194/bg-9-2585-2012, Published: 13 July 2012
→深海溶存有機物の吸収波長を調べると、415nm付近と650nm付近の吸収が同時に全球に広く分布している。深部クロロフィル極大層や酸素極小層で特によく見られる。吸収波長的には、クロロフィルaやその分解物ではない、何か別のポルフィリン色素が高濃度に存在している模様だけど、その正体や起源、行方、滞留時間などは全くの謎らしい。気になる。

Itay Halevy, Shanan E. Peters, Woodward W. Fischer
Science 20 July 2012: Vol. 337 no. 6092 pp. 331-334, DOI: 10.1126/science.1220224

Ulrich G. Wortmann, Adina Paytan
Science 20 July 2012: Vol. 337 no. 6092 pp. 334-336, DOI: 10.1126/science.1220656
→これも2本まとめて。顕生代の海洋硫黄循環の中で、蒸発岩形成/溶出による硫酸塩除去/流入の役割がかなり大きく、しかもかなり変動してきたらしい。すると、硫黄同位体マスバランスの計算が変わって、海水硫黄同位体組成(d34S)変動曲線の解釈が変わってきてしまう。従来は、d34S変動曲線をパイライト埋没効率などの変動として解釈するのが主流だったけど、実は海洋硫酸濃度の急激な変動を反映している?(白亜紀~Paleoceneではわずか5mMという計算に) そしてパイライト埋没が大気O2濃度変動に与える影響もかなり大きかった(有機物埋没と同じくらい?)ことになる。本当なら、それぞれかなり重要な話。

Wendy H. Yang, Karrie A. Weber & Whendee L. Silver
Nature Geoscience 5, 538–541 (2012) doi:10.1038/ngeo1530. Published online 29 July 2012
→土壌における15Nラベル実験から「鉄還元アンモニア酸化(Feammox)によるN2生成」の発見。好気的硝化や脱窒とコンパラぐらいの速度で起きているらしい。海洋や淡水環境では亜硝酸還元アンモニア酸化(いわゆるアナモックス)がN2生成に重要なのは知られているけど、陸域環境ではアナモックスは見つかっていなかった。Feammoxによる亜硝酸や硝酸生成もあるけど、N2生成が主要なプロセスらしい。陸域の窒素循環がまた複雑化してややこしくなりそう。詳しいメカニズムは不明な模様。海洋堆積物では、マンガンうんぬんはたまに聞くけど、鉄はどうなんだろう…?