顕生代の硫黄循環の見直しを提唱したWortmann and Paytan (2012, Science) とHalevy et al. (2012, Science) を読んで集めた論文たち、その2。その1では大気酸素濃度との関連に着目したが、今回は海洋化学組成(特に硫酸塩濃度)に着目して、海洋硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)、酸素同位体組成(d18O)の復元研究がメイン。やはり有機炭素埋没との関連を議論した論文が多い。論文はもっともっとあるはずだけど、キリがないのでとりあえず目についたもののみ。
Claypool, G. E., Holser, W. T., Kaplan, I.
R., Sakai, H., & Zak, I. (1980)
Chemical
Geology, 28, 199–260. doi:10.1016/0009-2541(80)90047-9
→蒸発岩から復元した、過去約9億年分の海洋硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)、酸素同位体組成(d18O)の経年曲線。1000件近く引用されていて、教科書等にもよく図が載っている。
Strauss, H. (1997)
Palaeogeography,
Palaeoclimatology, Palaeoecology, 132(1-4), 97–118.
doi:10.1016/S0031-0182(97)00067-9
→顕生代と後期原生代の堆積物d34Sの変動についてレビュー。Claypool-curveも更新されている。
Adina Paytan, Miriam Kastner, Douglas
Campbell, Mark H. Thiemens (1998)
Science,
282(5393), 1459–1462. doi:10.1126/science.282.5393.1459
→バライト(重晶石)を用いて新生代の海洋硫酸塩d34S変動を100万年解像度で復元。溶存無機炭素d13Cの記録とは似ていないので、炭素循環と硫黄循環は同調していなかった?
Ohkouchi, N., Kawamura, K., Kajiwara, Y.,
Wada, E., Okada, M., Kanamatsu, T., & Taira, A. (1999)
Geology,
27(6), 535–538. doi:10.1130/0091-7613(1999)027<0535:siralb>0535:siralb>2.3.CO;2
→OAE-2(93.5Ma)の炭酸塩岩中硫酸塩のd34S。
Lowenstein, T. K., Timofeeff, M. N.,
Brennan, S. T., Hardie, L. a, & Demicco, R. V. (2001)
Science,
294(5544), 1086–8. doi:10.1126/science.1064280
→蒸発岩ハライト中の流体包有物から、顕生代における海水組成変動を復元。主にMg/Ca比とカルサイト-アラゴナイトの変動について。
Horita, J., Zimmermann, H., & Holland,
H. D. (2002)
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 66(21), 3733–3756. doi:10.1016/S0016-7037(01)00884-5
→蒸発岩ハライト中の流体包有物から、顕生代における海水組成変動を復元。硫酸塩濃度は、5-10mMから28mMぐらいの間で変動していて、Mg2+と同期?
Lowenstein, T. K., Hardie, L. a.,
Timofeeff, M. N., & Demicco, R. V. (2003)
Geology,
31(10), 857. doi:10.1130/G19728R.1
→顕生代の海洋硫酸塩濃度とCa2+濃度は、きれいに逆相関しながら大きく変動?
Kurtz, A. C., Kump, L. R., Arthur, M. A.,
Zachos, J. C., & Paytan, A. (2003)
Paleoceanography,
18(4), 1090. doi:10.1029/2003PA000908
→シンプルなボックスモデルで、新生代海洋の硫酸塩d34SとDIC-d13C変動曲線から、有機炭素埋没量とパイライト埋没量を復元。前記新生代で両者が同調していないという議論。ただしモデル結果は、海水硫酸塩濃度の仮定に大きく依存する。
M.B. Goldhaber (2003)
Treatise
on Geochemistry, 7, 257–288
→堆積物の硫黄の地球化学についてレビュー。パイライト形成メカニズムや硫黄同位体組成変動など。
Turchyn, A. V., & Schrag, D. P. (2004)
Science,
303(5666), 2004–7. doi:10.1126/science.1092296
→過去1000万年分のバライトの酸素同位体組成(d18O)。3Maから値が低くなるのは、氷期間氷期サイクルによる海水準変動が、大陸棚でのパイライト風化を促進した結果? 海水硫酸塩濃度も10-20%ほど増加した?
Kampschulte, A, & Strauss, H. (2004)
Chemical
Geology, 204(3-4), 255–286. doi:10.1016/j.chemgeo.2003.11.013
→炭酸塩岩中硫酸塩のd34S分析による、顕生代における海水硫酸塩d34Sの復元。
Adina Paytan, Miriam Kastner, Douglas
Campbell, Mark H. Thiemens (2004)
Science,
304(5677), 1663–5. doi:10.1126/science.1095258
→バライトを用いて白亜紀の海洋硫酸塩d34S変動を復元。Payton et
al. (1998) の続き。やはりd13Cと同調しない期間があって、有機炭素埋没とパイライト埋没の関係を議論している。
Bottrell, S. H., & Newton, R. J. (2006)
Earth-Science
Reviews, 75(1-4), 59–83. doi:10.1016/j.earscirev.2005.10.004
→顕生代や原生代の海洋硫酸塩のd34Sとd18Oから硫黄循環を復元する研究のレビュー。
Turchyn, A. V., & Schrag, D. P. (2006)
Earth
and Planetary Science Letters, 241(3-4), 763–779.
doi:10.1016/j.epsl.2005.11.007
→新生代における海洋硫酸塩d18O変動をバライトから復元。3, 15, 30, 55Maにd18Oが高いピークを示し、d34Sとは同調していない。高濃度の有機炭素を含む大陸縁辺堆積場の面積が重要?
Hay, W. W., Migdisov, A., Balukhovsky, A.
N., Wold, C. N., Flögel, S., & Söding, E. (2006)
Palaeogeography,
Palaeoclimatology, Palaeoecology, 240(1-2), 3–46.
doi:10.1016/j.palaeo.2006.03.044
→蒸発岩形成量コンパイルから、顕生代における海水塩分濃度変動を復元。変動しながら徐々に減少しているトレンドらしい。高塩分(40‰以上)だと、温度変化に対する海水の密度変化の仕方が違って、熱塩循環の様式が違ったかも。海洋生物にも影響?
Wortmann, U. G., & Chernyavsky, B. M. (2007)
Nature,
446(7136), 654–6. doi:10.1038/nature05693
→前期白亜紀で海洋硫酸塩d34SとDIC-d13Cが逆相関を示していて謎だったけど、南大西洋海盆での蒸発岩形成で硫酸塩濃度が減少したと考えると、うまく説明できるらしい。パイライト埋没が減少する一方で、堆積物中での有機物無機化は減少して有機炭素埋没は増加する。堆積物海底下生命圏の重要性。
Gill, B. C., Lyons, T. W., & Saltzman,
M. R. (2007)
Palaeogeography,
Palaeoclimatology, Palaeoecology, 256(3-4), 156–173.
doi:10.1016/j.palaeo.2007.02.030
→古生代における、海洋硫酸塩d34SとDIC-d13Cの変動の関係性について。前期古生代では同調して変動していて、中後期では同調しなくなるのは、硫酸塩濃度の増加を反映している?
Canfield, D. E., & Farquhar, J. (2009)
Proceedings
of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106(20),
8123–7. doi:10.1073/pnas.0902037106
→前期古生代以降に動物が進化して堆積物を生物擾乱するようになって、硫化物の再酸化が促進されて、海洋硫酸塩濃度が増加したという議論。
Turchyn, A. V., Schrag, D. P., Coccioni,
R., & Montanari, A. (2009)
Earth
and Planetary Science Letters, 285(1-2), 115–123.
doi:10.1016/j.epsl.2009.06.002
→白亜紀における海洋硫酸塩のd34Sとd18O変動をバライトとCAS(炭酸塩岩中硫酸塩)から復元。バライトd18Oの大きな変動は、OAEでの海洋酸化還元状態変動に対応?
Adams, D. D., Hurtgen, M. T., &
Sageman, B. B. (2010)
Nature
Geoscience, 3(3), 201–204. doi:10.1038/ngeo743
→OAE-2では、火山噴火→海洋硫酸塩濃度が増加→硫酸還元による堆積物有機物分解が促進→海洋に栄養塩が供給→生物生産増加→貧酸素海洋、という一連のプロセスが起きていた? パイライトとCASのd34S比較。そしてこの海域(Western Interior Seaway)の硫酸塩濃度は、OAE-2の前はわずか1.4mM以下だった?
21. Evaporites
through time: Tectonic, climatic and eustatic controls in marine and nonmarine
deposits
Warren, J. K. (2010)
Earth-Science
Reviews, 98(3-4), 217–268. doi:10.1016/j.earscirev.2009.11.004
→地質時代を通しての蒸発岩についてのレビュー。
Cárdenas, A. L., & Harries, P. J. (2010)
Nature
Geoscience, 3(6), 430–434. doi:10.1038/ngeo869
→顕生代における海洋生物の新種発生率が、海洋の87Sr/86Srや硫酸塩d34Sの変動と良い相関を示した。87Sr/86Srが大陸風化の指標というのはいいけど、d34Sがリンリサイクルの指標としているのはどうなんだろう??
Wu, N., Farquhar, J., Strauss, H., Kim,
S.-T., & Canfield, D. E. (2010)
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 74(7), 2053–2071. doi:10.1016/j.gca.2009.12.012
→顕生代における、硫酸塩-パイライト間のd34S分別と、D33S(から求めたラムダ)の変動。両者は似た変動を示す。硫化物再酸化の度合いを反映?
Luo, G., Kump, L. R., Wang, Y., Tong, J.,
Arthur, M. a., Yang, H., Huang, J., et al. (2010)
Earth
and Planetary Science Letters, 300(1-2), 101–111.
doi:10.1016/j.epsl.2010.09.041
→南中国のP/T境界で、CASによる硫酸塩d34S復元と、炭酸塩によるDIC-d13C復元。両者が同調して、しかも大きなd34S変動があるので、海洋硫酸塩濃度は現在の15%未満とかなり低かった?
Bots, P., Benning, L. G., Rickaby, R. E.
M., & Shaw, S. (2011)
Geology,
39(4), 331–334. doi:10.1130/G31619.1
→顕生代の「カルサイトの海」と「アラゴナイトの海」の入れ替わりには、Mg/Ca比だけではなく硫酸塩濃度の変動も重要だった? 海水組成を変えた炭酸塩無機沈殿実験。
Gill, B. C., Lyons, T. W., & Jenkyns,
H. C. (2011)
Earth
and Planetary Science Letters, 312(3-4), 484–496.
doi:10.1016/j.epsl.2011.10.030
→ジュラ紀Toarcian
OAEの海洋硫酸塩d34S変動を3地域でCASで復元。d13Cの正エクスカーションと同調。パイライト埋没の増加を反映? 硫酸塩濃度は4-8mMぐらいだったらしい。
Gill, B. C., Lyons, T. W., Young, S. a,
Kump, L. R., Knoll, A. H., & Saltzman, M. R. (2011)
Nature,
469(7328), 80–3. doi:10.1038/nature09700
→後期カンブリア紀(499Ma)の6地域の海洋硫酸塩d34S変動をCASで復元。DIC-d13Cの急激な正エクスカーション(SPICE)と同調した変動。Euxinicな海洋での有機炭素埋没とパイライト埋没の増加を反映?
Ratti, S., Knoll, A H., & Giordano, M. (2011)
Geobiology,
9(4), 301–12. doi:10.1111/j.1472-4669.2011.00284.x
→中生代に渦鞭毛藻、円石藻、珪藻が主要な海洋一次生産者になったのには、海洋硫酸塩濃度の変動が効いていたかも? 硫酸塩濃度を振って、様々な藻類を培養実験。
メモ:
多くの論文が、硫酸塩d34Sをパイライト埋没の指標として考えて、ボックスモデル計算などをしている。炭酸塩から復元した海洋溶存無機炭素の炭素同位体組成(DIC -d13C)と比較し、同調していたか否かから、海洋硫黄循環と有機炭素埋没との関連を議論する論文が多い。
最近10年間で、顕生代において海洋硫酸塩濃度は大きく変動してきたという認識が広がってきている模様。多くの時代で、現在(28mM)よりも低い濃度だったようだ。海水Mg/Ca比などとの関連も興味深い。
最近は、高時間解像度での復元が可能特にCAS(炭酸塩岩中硫酸塩)の同位体組成分析が流行っているようだ。