顕生代の硫黄循環の見直しを提唱したWortmann
and Paytan (2012, Science) とHalevy
et al. (2012, Science) を読んで、これは重要そうだと感じたので、背景知識獲得のためにいくつか論文を集めてみた。まずは顕生代における硫黄循環と大気酸素(O2)濃度との関係について、特に炭素&硫黄同位体マスバランスを用いたモデリングを中心に。モデルは色々あるようだけど、よく引用されているBernerのモデル(GEOCARBSULFなど)の系列を主に追った。
Berner, R. A.
American
Journal of Science, 268(1), 1–23. (1970) doi:10.2475/ajs.268.1.1
→堆積物中パイライト形成のメカニズムと制限因子について。1000件近く引用されている。
Garrels, R M, & Lerman, A.
Proceedings
of the National Academy of Sciences of the United States of America, 78(8),
4652–6. (1981)
→炭素と硫黄に関するボックスモデルを構築し、顕生代の海水硫酸硫黄同位体組成(d34S)曲線から、各リザーバー間のフラックスの変動を復元。海水の炭素量、硫黄量はそれぞれ顕生代で一定という仮定。
Berner, R. A., & Raiswell, R.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 47(5), 855–862. (1983) doi:10.1016/0016-7037(83)90151-5
→上記Garrels and
Lerman (1981) モデルの計算から得られた、顕生代の有機炭素埋没とパイライト埋没の比率(C/S比)の変動について考察。主要な有機炭素埋没の場所が淡水環境やeuxinicな環境に変わることで、パイライト埋没量が変わり、C/S比が変化する?
Berner, R. A.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 48(4), 605–615. (1984) doi:10.1016/0016-7037(84)90089-9
→上記Berner (1970)
をアップデート。堆積物中パイライト形成の、環境ごとの制限因子や、顕生代における変動についてレビュー。これも1000件近く引用されている。
Garrels, R. M., & Lerman, A.
American
Journal of Science, 284(9), 989–1007. (1984) doi:10.2475/ajs.284.9.989
→上記Garrels and
Lerman (1981) モデルの改良。
Berner, R. A.
American
Journal of Science, 287(3), 177–196. (1987) doi:10.2475/ajs.287.3.177
→上記Garrels and
Lerman (1984) モデルをさらに改良。堆積物の各リザーバーを、若い(再利用が速い)サブリサーバーと、古いサブリザーバーとに分割。
Berner, R. A.
Palaeogeography,
Palaeoclimatology, Palaeoecology, 75(1-2), 97–122. (1989)
doi:10.1016/0031-0182(89)90186-7
→現世の海洋堆積物における有機炭素とパイライトの埋没、および顕生代におけるその変動が大気O2濃度変動に与えた影響についてレビュー。
Berner, R. A., & Canfield, D. E.
American
Journal of Science, 289(4), 333–361. (1989) doi:10.2475/ajs.289.4.333
→大気O2濃度安定化のための負フィードバックとして、炭素と硫黄の「速い再利用」(埋没した堆積物がすぐに風化される)をモデルに組み込んだ。同位体マスバランスではなく、堆積岩中の炭素&硫黄濃度データを大気O2濃度復元に使用している。
Canfield, D. E., & Teske, A.
Nature,
382(6587), 127–32. (1996) doi:10.1038/382127a0
→この論文は後期原生代に関するものだけど、「O2濃度増加→硫黄酸化リサイクル増加→硫黄同位体分別増加」というプロセスは、後に下記Berner et al. (2000) 以降のモデルに組み込まれ、GEOCARBSULFにも仮定として入っている。
Berner, R. A.
Proceedings
of the National Academy of Sciences, 96(20), 10955–10957. (1999)
doi:10.1073/pnas.96.20.10955
→顕生代の炭素循環と硫黄循環と大気O2濃度についてレビュー。
Berner, R. A., Petsch, S., Lake, J.,
Beerling, D., Popp, B., Lane, R., Laws, E., et al.
Science,
287(5458), 1630–1633. (2000) doi:10.1126/science.287.5458.1630
→炭素・硫黄同位体分別の大気O2濃度に依存した生理学的変動をモデルに組み込んだら、推定された顕生代大気O2濃度変動が安定して、堆積岩中炭素&硫黄濃度による推定と概ね一致するようになった。
Berner, R. A.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 65(5), 685–694. (2001) doi:10.1016/S0016-7037(00)00572-X
→上記Berner et al.
(2000) の拡張版。感度実験を色々と行っている。
Berner, R. A., Beerling, D. J., Dudley, R.,
Robinson, J. M., & Wildman, R. A.
Annual
Review of Earth and Planetary Sciences, 31(1), 105–134. (2003)
doi:10.1146/annurev.earth.31.100901.141329
→顕生代の大気O2濃度変動についてレビュー。
Bergman, N. M., Lenton, T. M., &
Watson, A. J.
American
Journal of Science, 304(5), 397–437. (2004) doi:10.2475/ajs.304.5.397
→下記GEOCARBSULFの結果とよく比較される論文。O2-海洋栄養塩フィードバックなモデルやGEOCARBモデル、硫黄循環モデルなどを結合した、共進化生物地球化学モデル。同位体マスバランスはモデリングには使われていない。ちなみに下記Berner (2006) は、このモデルについて「風化速度と大気O2濃度の関係の仮定が妥当でない」「堆積速度と埋没の関係を考慮していない」と批判している。
Berner, R. A.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 69(13), 3211–3217. (2005) doi:10.1016/j.gca.2005.03.021
→Berner (2001) モデルを用いて、中期ペルム紀~中期三畳紀(270-240Ma)に絞って、海水のd13Cとd34Sデータから、有機炭素埋没、パイライト埋没、大気O2濃度の変動を推定。P/T境界をまたいで、約2000万年間で大気O2濃度が30%→13%と大きく減少? (陸源?)有機炭素埋没は大きく減少した一方で、パイライト埋没は増加したらしい?
Falkowski, P. G., Katz, M. E., Milligan, A.
J., Fennel, K., Cramer, B. S., Aubry, M. P., Berner, R. a, et al.
Science,
309(5744), 2202–4. (2005) doi:10.1126/science.1116047
→Berner (2001) モデルに、ジュラ紀以降のd13Cデータも新たに与えて、過去205Myrの 大気O2濃度変動を推定。大西洋が開いて大陸縁辺部の堆積場が増加した結果、大気O2濃度はこの期間で約2倍に増加して(10%→21%)、哺乳類進化に重要だった?
Berner, R.
Geochimica
et Cosmochimica Acta, 70(23), 5653–5664. (2006) doi:10.1016/j.gca.2005.11.032
→CO2用のGEOCARB IIIモデル(Berner and
Kothavala 2001)とO2用の同位体マスバランスモデル(Berner 2001)を結合して、GEOCARBSULFモデルを構築。顕生代の海洋d34Sとd13Cから、大気O2濃度、CO2濃度の変動を復元。よく引用されている。
Berner, R. A.
American
Journal of Science, 309(7), 603–606. (2009) doi:10.2475/07.2009.03
→Berner (2006) のGEOCARBSULFモデルの改良(主に炭素に関して)。この論文以前にもこまごまとした変更は行われている。Bernerのモデルはこれが最新?? 顕生代の大気O2濃度は常に15%を超えている結果になった。
Sim, M. S., Bosak, T., & Ono, S.
Science,
333(6038), 74–7. (2011) doi:10.1126/science.1205103
→硫酸還元だけで66 permilも34Sを分別できる硫酸還元菌の発見。硫黄酸化リサイクルがなくても、硫酸-パイライト間の硫黄同位体分別が説明できてしまう。これも主に原生代を標的にした話だけど、GEOCARBSULFでも硫黄同位体分別に関して、Canfield and Teske (1996) の「O2濃度増加→硫黄酸化リサイクル増加→硫黄同位体分別増加」を仮定しているようなので、影響あるかも?
メモ:
大気O2濃度の変動というと、太古代~原生代における増加イベントが注目されることが多いけれど、顕生代(約5億4千万年前から現在にかけての時代)も同様に興味深い。15-35%ぐらいの間で変動していたと考えられているけれど、逆に言うとそのぐらいの範囲に収まっていて、現在の2倍以上や半分以下にはならなかったようだ。
そしてその顕生代大気O2濃度の変動や安定性を考えるのに最重要なプロセスが、堆積物における有機炭素とパイライト(黄鉄鉱)の埋没。大気を酸化的に保つには、還元的な物質を地下に隔離することが必要不可欠になる。(なので、自分自身が海洋堆積物中有機物の研究をしていることもあり、以前から大気O2濃度変動や海洋硫黄循環にも隣接トピックとして興味を持っていた)
で、古海洋の溶存無機炭素の炭素同位体組成(d13C)、硫酸塩の硫黄同位体組成(d34S)から、同位体マスバランスを用いて有機炭素埋没量とパイライト埋没量を推定して、大気O2濃度を推定しようという研究は昔からあって、GEOCARBSULFなどのモデルの開発につながっていった。
が、先月のScience論文×2によると、顕生代の海水硫酸塩d34S変動の解釈が変わってきて、その結果、パイライト埋没量は従来推定よりもずっと大きかったり、海水硫酸塩濃度が急激に変動していたりという結論が導かれている。大気O2濃度推定にも影響があるはずなので、具体的にどういう影響がありうるのかを、(まだ頭の中が整理できていないので)今度じっくり考えてみよう。
おまけ:顕生代の大気N2
Berner, R. A.
Geology,
34(5), 413. (2006) doi:10.1130/G22470.1
→硫黄は関係ないけど、ついでに見つけた論文。有機炭素のモデリングと、堆積物有機物の平均N/C比を使って、顕生代の大気N2濃度の変動を見積もった。O2と違い、濃度変動は1%未満とのこと。