2013年5月22日水曜日

集めた論文の覚書 [海洋窒素収支のバランスについて] Literature Review [Oceanic nitrogen budget]


「現在の海洋のグローバルな固定窒素収支(主に窒素固定vs広い意味での脱窒)は、バランスしているのか? していないのか?」という論争について。

Altabet (2007, BG) より引用
海洋固定窒素収支の同位体マスバランス計算

ここでいう固定窒素は、N2などガス態以外の形態の窒素(硝酸、亜硝酸、アンモニア、有機窒素など)を指します。もし「バランスしていない」(=失われる固定窒素の方が多い)派の値が正しいとすると、現在の状態が続いた場合、海洋固定窒素は3000年くらいで枯渇してしまう計算になります。地球の物質循環や気候変動を考える際に超重要な話なので、激しい議論が数十年間続いています。

また、バランスしている/していないの論争に合わせて、海洋固定窒素の滞留時間の見積もりも、大きく変動してきました。最近になるほど、短い滞留時間(=よりダイナミックな海洋窒素循環)を見積もる場合が多い印象です。

収支の見積もりの不確定性は、主に海洋堆積物での脱窒と遠洋域での窒素固定に起因します。どちらも溶存有機窒素も関係してくる話なので、個人的にも気になるところ。

海水中での脱窒フラックスは、限られた海域(アラビア海、東部赤道太平洋などの貧酸素水塊)がグローバルフラックスの大部分を占めるとされるので、推定値の不確定性がわりと小さいのですが、広大な面積で脱窒が起きている海洋堆積物ではそうはいきません。そこで、4-5番のような同位体マスバランスを用いたトップダウンな推定手法が用いられてきました。しかし最近、脱窒における窒素同位体分別について、海洋堆積物でも(91114番)海水でも(11番)、値の見直しの必要性が言われているので、まだまだ流動的なのが現状です。(あとアナモックス代謝における窒素同位体分別は??)

窒素固定フラックスに関しても、15N同位体トレーサーを用いた推定手法の問題点(813番)や、N*を用いた推定手法の問題点(10番)が、最近指摘されていて、従来の推定値はかなり過小評価だった可能性があります。

さあ、どうなる!?


<グローバルな収支の見積もり>

各陣営のよく引用される代表的な論文と、最近目についた論文をピックアップ。

Middelburg, J.J., Soetaert, K., Herman, P.M.J., Heip, C.H.R., 1996.
Global Biogeochemical Cycles 10, 661–673.
→海洋堆積物の変質モデルを使って、海洋堆積物での脱窒のグローバルなフラックスを算出。従来は12-89 TgN/yrと言われていたけど、230-285 TgN/yrとかなり増加して、インプット(90-293 TgN/yr)よりアウトプット(313-418 TgN/yr)の方がずっと多いという見積もりになった。

Gruber, N., Sarmiento, J.L., 1997.
Global Biogeochemical Cycles 11, 235–266.
N*という指標を海水組成分布から計算して、海洋固定窒素収支を見積もり。N*は、ざっくり言うと海水の硝酸塩とリン酸塩の濃度比全球平均からのズレで、脱窒が起こるとマイナスに、窒素固定が起こるとプラスにずれる。インプット(231±44 TgN/yr)とアウトプット(204±30 TgN/yr)は概ねバランスしている?

Codispoti, L.A., Brandes, J.A., Christensen, J.P., Devol, A.H., Naqvi, S.W.A., Paerl, H.W., Yoshinari, T., 2001.
Scientia Marina 65, 85–105.
→海水の固定無機窒素とリン酸塩の関係や過剰N2から、脱窒フラックスを計算すると、グローバルには450 TgN/yrにも達する? アウトプットがインプット(~250 TgN/yr)を大きく上回っていて、現在の海洋窒素循環は定常状態ではなく、HoloceneからAnthropoceneへの遷移状態にあるという主張。

Brandes, J.A., Devol, A.H., 2002.
Global Biogeochemical Cycles 16, 1120.
→海水の硝酸塩の窒素同位体組成の同位体マスバランスモデルから、固定窒素収支を見積もり。海水脱窒での同位体分別が約25‰で、海洋堆積物脱窒での同位体分別が約1.5‰だとすると、窒素同位体組成的に定常状態を保つには、海洋堆積物脱窒フラックスは約280 TgN/yrという計算になる。ボトムアップに推定した1番の値と概ね一致している。

Altabet, M.A., 2007.
Biogeosciences 4, 75–86.
→海水硝酸塩の窒素同位体マスバランスから、海洋固定窒素収支の変動について考察。海洋堆積物の窒素同位体組成記録からは、最近3000年間は収支はバランスしていたらしい。ただし10-100年スケールでの窒素欠乏/過剰の振動は起きていたかも。最終氷期から完新世にかけては、収支は大きく変化していたらしい。

Tim DeVries, Curtis Deutsch, François Primeau, Bonnie Chang & Allan Devol
Nature Geoscience 5, 547–550 (2012) doi:10.1038/ngeo1515, Published online 08 July 2012
→海水中の過剰N2濃度データから推定した全球海水脱窒フラックスは66±6 TgN/yrと、わりと低め。海洋堆積物脱窒と海水脱窒との比率に、同位体マスバランスからの推定値を採用すると、海洋全体での脱窒速度は230±60 TgN/yrになって、海洋固定窒素収支はバランスに近い状態?

DeVries, T., Deutsch, C., Rafter, P.A., Primeau, F., 2013.
Biogeosciences 10, 2481–2496.
N*と硝酸塩窒素同位体組成から、3次元海洋モデルを介して、グローバルな脱窒フラックスを推定。120-240 TgN/yrという推定値で、6番よりさらに低めで、海洋固定窒素収支はよりバランスに近い状態? 海水脱窒のフラックス推定値は6番とほぼ同じだけど、3次元的な空間分布を考慮すると、海洋堆積物脱窒/海水脱窒の比率が小さくなるらしい(1.3-2.3)。


<収支見積もり手法に関する最近の指摘>

Konno, U., Tsunogai, U., Komatsu, D.D., Daita, S., Nakagawa, F., Tsuda, A., Matsui, T., Eum, Y.-J., Suzuki, K., 2010.
Biogeosciences 7, 2369–2377.
15N同位体トレーサーを用いた窒素固定速度の算出について。固定された窒素は平均すると半分くらいはフィルター通過成分(この論文では0.7μm)にいっているという指摘。

Granger, J., Prokopenko, M.G., Sigman, D.M., Mordy, C.W., Morse, Z.M., Morales, L. V., Sambrotto, R.N., Plessen, B., 2011.
Journal of Geophysical Research 116, C11006.
→海洋堆積物脱窒での同位体分別が、硝化と脱窒の共役も考えると、けっこう大きいのでは?という、ベーリング海での研究からの指摘。固定窒素全体での同位体分別は6-8‰にもなって、4番などで仮定している「小さな同位体分別」とは反する結果。

Monteiro, F.M., Follows, M.J., 2012.
Geophysical Research Letters 39, L06607.
→北大西洋N*(硝酸塩とリン酸塩のレッドフィールド比からのズレ)の分布に、有機リンの優先的な無機化がかなり効いている可能性。もしそうなら、N*による窒素固定速度推定は3倍ほど過小評価かも?

Alkhatib, M., Lehmann, M.F., Del Giorgio, P.A., 2012.
Biogeosciences 9, 1633–1646.
9番と同様に、海洋堆積物脱窒による固定窒素全体での同位体分別は、4.6±2‰と、4番など従来の仮定値よりも高い値との指摘。St. Lawrenceでの研究。溶存有機窒素のフラックスも同位体マスバランスに重要らしい。

Kritee, K., Sigman, D.M., Granger, J., Ward, B.B., Jayakumar, A., Deutsch, C., 2012.
Geochimica et Cosmochimica Acta 92, 243–259.
9,11番など「海洋堆積物脱窒での同位体分別が意外と大きい」という論文が出てきて、「同位体マスバランスから算出すると海洋堆積物脱窒のフラックスがかなり大きい→収支はバランスしてない?」という話になりつつあったけど、これは逆に海水脱窒での同位体分別が意外と小さいという話(従来25‰→本論文10-15‰)。両方合わしたら結局相殺して、アウトプットのフラックスもそこそこに落ち着く感じだろうか?

Großkopf, T., Mohr, W., Baustian, T., Schunck, H., Gill, D., Kuypers, M. M. M., Lavik, G., et al., 2012.
Nature 488, 361–364.
→海洋N2固定速度の見直し。15Nで安定同位体ラベルしたN2ガスを気泡として海水に加える従来手法では、N2ガスが溶けきらず、N2固定速度を過小評価してしまうらしい。15N2で飽和した海水を添加する新手法では、従来の1.7倍の速度が得られた。

Dähnke, K., Thamdrup, B., 2013.
Biogeosciences 10, 3079–3088.
9, 11番と同様に、海洋堆積物脱窒による固定窒素全体での同位体分別が、4番など従来の仮定値よりも高い値との指摘。18.9‰もの窒素同位体分別!? バルト海での研究。